最近なにかと話題の多いTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)。
野田首相のTPP参加表明に際しても、与党内でも賛成派と反対派に二分されるなど、党内の連携が困難を極めました。一方、経団連などの財界は概ね賛成を、農協や日本医師会などは明確に反対を表明しています。
保守系団体はほとんどが反対を表明しており、現在でも各地でデモや集会、インターネット番組を通じてTPPの反対の論陣を張っています。
中には、TPPは「亡国最終兵器」だと主張されている方や、アメリカ陰謀論、農業や公的医療制度の崩壊を懸念する声も出ています。議論をすることは結構ですが、いささか感情論に走っていると見えなくもありません。
さて、TPPが懸念されている最大の問題は、「例外なき自由化」にあります。
TPPは、世界貿易機構(WTO)や自由貿易協定(FTA)や経済連携協定(EPA)などの国際貿易の専門機関や貿易協定よりも強く自由化の促進を要求しています。
参加国内では、10年ほどの歳月をかけて関税を撤廃し、各国特有の商慣行や法律で貿易や投資の妨げとなる非関税障壁も見直すという意味では、「過激な自由化論」だという意見もあります。
よって、国内での職や市場シェアを外国勢に奪われることを懸念される方が声高に反対を表明しているのは一定の理解はできます。
さらに言えば、遺伝子組み換え食品や労働条件の悪化を懸念する声もあり、国民の生活を脅かす可能性があるとのことですが、いたずらに国民の不安を煽ることは賢明ではありません。
そのためには、参加国には約10年の時間があることや参加国全体で意見調整をして懸念を一つひとつつぶしていくことで対応するべきでしょう。
今やるべきは国民の不安を煽るのではなく、冷静な分析です。
このように、TPPの論点は多岐にわたっていますが、本日は貿易(自由化)がデフレを悪化させるのか否かについて絞って議論します。というのも、TPP反対派が盛んに主張しているのがこの論点だからです。
実は、貿易がデフレを悪化させるという論点は、最近も似た事例がありました。
現在、昇竜のごとく高成長を維持している中国からの輸入です。日本がデフレとなっているのは、中国からの安い商品が大量に入ってきているとする説です。
いわゆる「輸入デフレ説」です。貿易自由化とは異なりますが、参考までに取り上げてみましょう。
「輸入デフレ説」に従えば、全世界がデフレとなっているはずですが、現実はそうなっていません。
名目成長率を実質成長率で割ったGDPデフレター(インフレの程度を表す物価指数とも言える。これがプラスならばインフレ、マイナスならばデフレ)を見れば、日本は90年の「バブルつぶし」からずっと低下しています。
一方、アメリカ、イギリス、ドイツの先進国はずっと上昇トレンドを描いています。つまり、日本だけがデフレに陥っているのです。
デフレの原因は通貨供給量を絞っているからであって、輸入が原因ではないのです(IMFのデータ参照。1980年から2010年の期間の計測)。
実際、貿易自由化ならびに自由貿易を促進することによって国内価格よりも安い輸入財が入ってくることは事実です。
そうすれば、国内製品は輸入財と比較して割高となりますので、価格の引き下げをしなければなりません。場合によっては市場から撤退することもあります。いわゆる、貿易のデメリットです。
同時に、輸出価格と輸入価格の比率を示す交易条件も変化します。輸入財価格の低下は、交易条件を改善させます。
言い換えれば、より多くの製品を海外から購入できるとことを意味していますので、消費者にもメリットをもたらします。
加えて、消費者は安い輸入財が入ってきても、浮いたお金で他の製品を購入できるので、総需要は大きく変わることはありません。つまり、変化するのは相対価格であって一般物価ではありません。
最後に、景気との関連について述べておきましょう。
まず、輸入は国内の所得水準と密接に関連しています。現在の日本経済はデフレ不況です。国産品にせよ、輸入品にせよ、所得が低下している状況では消費は伸びません。
ましてや、日本の輸入依存度(輸入額対GDP比)を見ると、10.8%にしか過ぎません(総務省統計局2009年のデータ参照)。
つまり、日本人は、所得の中で輸入財に使う割合は、わずか1割程度だということです。貿易自由化によって多少増えるとしても、「デフレが深刻化する」というレベルでないことは明らかです。
一方、輸出にしても、現在のところ元気な国はありませんので、日本からの輸出が大きく伸びる可能性は低いと言えましょう。
貿易と景気は関連していますが、わが国では生活に影響を及ぼすほど大きなものではないのです。やはり、一般物価水準に影響を与えるのは金融政策です。
TPP反対派も認めているように、まずはデフレを脱却しなければなりません。デフレ対策は金融政策で対応するべきです。また、デフレ対策は円高対策にもなります。
国内の主要企業が輸出企業であることを考慮すれば、行き過ぎた円高ではTPPによる輸出増加というメリットを十分に活かすことはできません。
また、円高で交易条件が良くなっていても、国内が不況であれば、輸入すらも伸びません。その意味で、財政出動も行って景気回復を進めることも大事になります。
現政府は、復興増税や消費税増税を模索していますが、デフレ不況下の増税は景気悪化を招きます。政府が本気でTPPの効果を最大化したいならば、増税は引っ込め、金融緩和と財政出動を発動するべきです。
このように、TPP参加を表明したことで、かえってマクロ経済政策の重要性が高まったと言えます。だからこそ、政府は増税を急いではいけないのです。(文責・中野雄太)
[HRPニュースファイル100]TPPは本当にデフレを加速するのか
11月 23rd, 2011
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